九鬼嘉隆


鳥羽城

鳥羽市鳥羽









九鬼の千本杉

賀多神社

九鬼嘉隆は、征韓の役にあたって、秀吉より水軍総督
の命を承り、賀多(神社に戦勝を祈願。神託によって
境内の龍燈松を伐り、軍艦を製造した。 賀多神社の
伝には、これが「日本丸」であると説明されている。
嘉隆は凱旋の後、報謝のために賀多神社に杉千本
を奉納し、当地の人々はこれを「九鬼の千本杉」と呼
んだ。現在は、そのうちの一本だけが残っている。



常安寺


九鬼嘉隆の子、守隆が父の菩提を弔うために
慶長12年(1607)2月、それまであった大福寺
を改め建立した寺である。境内には九鬼氏の墓
があり、九鬼嘉隆が所有していた刀や肖像画(額)
が残されている。屋根瓦には嘉隆の紋(三ツ巴)
とその子守隆の紋(七曜)が使われている。

守隆の生前から起っていた御家相続争いの
解決策として幕府は、三男・隆季を丹波、五男の
久隆を摂津にそれぞれ分けて、九鬼家を解体。


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